5/10/2007

縄 淵 ~座敷芸人~

「お待たせをば致しました。これよりお待ちかねの“変態ショー”の始まりでございます。どうか皆様ご静粛にご覧くださりませ」。番頭のいんぎんな口上が終ると酔いのまわっただみ声と女の甲高い嬌声にむせ返った12畳ほどの座敷がしんと静まった。顔を朱に染めた町会議員とその取り巻きの男たち6人、その男たちに媚を売る温泉芸者4人が譲吉と定へ一斉に視線を向けた。

観客の前に座り深々と頭を下げショーを始めようとする二人に主賓の町会議員から声がかかった。「お前たち名前はなんていうんだい?」。そんなことをきかれるとは思ってもいなかった番頭が慌てて譲吉に「名前をお聞きだとよ」と目を向ける。
少し間をおいて、「譲吉と定と申します。一生懸命つとめさせて頂きますので何卒宜しくお願い申します」。譲吉がそう応えると、番頭の顔に嘲笑うような歪んだ影が浮かんだ。「お前らのような変態芸人にも名乗る名があったのかよ?」とでもいわんばかりの顔である。むっとしながらも譲吉は定にショーの準備を促した。

座敷の照明が落とされ、背の高い燭台が舞台となる四方に置かれた。定がしずしずと登場し、その真ん中に腰を降ろすと顔を斜め下に傾け横座りに片手を畳につけた。真っ赤な長襦袢を白の腰紐でとめ長い黒髪をアップにまとめている。細長く延びた白いうなじが色気を誘う。
“新内流し”の三味線がゆったりと流れだした。

頭を漸ぎりにし着流しに角帯の譲吉が右手に麻縄の束を持って静かに定の背後に回った。背筋を伸ばし左膝を立てて座ると、そっと肩に両手を置き胸元に引き寄せた。定が甘えるような仕草で譲吉の胸に顔を埋めると譲吉は襦袢からふくよかに盛り上がる胸へ手を滑り込ませ乳房を優しく包みこんだ。しばし感触を楽しむように間をおき、襦袢の胸襟に手をかけると両肩から滑らすように腰のあたりまで脱がせていった。定の白い肌が薄明かりの中で照らし出される。

定の両腕をとって後ろへ回すと手首に縄をかけて結ぶ。そのまま乳房の上下に縄をじんわりと這わしていった。定は縄の感触を噛み締めるように目を閉じてじっとしたまま動かない。もう一本の縄を胸にかけぎゅっと引き締めると乳房が息づいたように艶をはなって屹立する。半ば開いた唇からやるせない吐息が漏れる。紅に光る唇に女が宿る。
観客は息を飲んで見入っている。誰一人として声をだす者はいない。
いつしか曲はしっとりした“新内流し”の三味線から叩きつけるような津軽三味線の太棹の音色へと変わっていた。

譲吉は股を開いて左膝に定の身体をもたせかけると左腕で肩を抱いた。右手で襦袢の裾を左右に割り、左膝を立たせて脚を大きく広げた。定のしなやかに伸びる陰毛で包まれた女陰が明るみに晒され、観客の視線がその一点へ吸い込まれるように流れた。
前もって置いてあった長さ30cmほどの赤いローソクを手にとり燭台の灯から火を移す。ジジッとローソクの芯がはじけてオレンジ色の炎が灯った。

右手でローソクを高くかざし縄で絞り上げられた乳房へ熱く溶けた蝋を撫でるように滴らせる。「うっ」とうめき声をあげて身体を弓のようにのけぞらせる定を譲吉は左手でしっかり抱きとめ、なおも胸から腹、太ももから膝、脛へと蝋を垂らしていく。立てた膝から赤い蝋が血の滴りのように太ももから花芯へと流れる。

定の腰にかかる紐を引き抜き襦袢を取り去ると、上半身を麻縄で厳しく縛められた定の美しい姿態が恥らうように妖しくうねる。
定の身体を膝から下ろしそっと横たえた譲吉は立ち上がると角帯を解いて着流しを脱ぎ捨て、晒しの腹巻と尻を縦にきりっと割った褌だけの姿になった。

添い寝をするように横になると細面の顔を愛しく見つめた。髪留めを抜き取り、長く流れる黒髪を指の間にかけ優しく口を吸う。定も応えるように舌をからませる。
やがて定の上に重なり片方の手を定の腰に差し入れて引き寄せると怒張した一物を深く突き入れた。
男と女の息遣いだけが聞こえる無言の性宴が観客を前にして繰り広げられた。

ぱっと照明がつき、座敷は元の明るさに戻った。顔を高潮させた観客から大きな拍手をもらい身づくろいを済ませた二人はきちんと座りなおし、最初と同じように深く頭を下げ何事もなかったかのように座敷の外へ出た。

しばらくして後を追うように座敷から出てきた番頭が茶封筒を譲吉に手渡した。「はい、ごくろうさん。今日の御祝儀。先生がえらく喜んで色をつけてやれというんで、少し多めに入れてあるよ。これからも頼むよ」とニコニコ顔の番頭に二人はぺこりと頭を下げ、さっさと旅館を後にした。
「なにが少し多めに入れてあるよだ。どうせあいつの懐にも多めに入れてあるんだろうよ」と胸糞わるい思いを吐き捨てると足早に歩きだした。定も遅れまいとついていく。

二人はいつも行くそば屋へ入った。鰹だしと醤油の匂いが入り混じった温かい空気が二人を迎えた。
「へい、いらっしゃい!」調理場から威勢のいい親父の声が飛んできた。「お二人さん、いつも仲いいね。うらやましいぐらいだよ。うちのばあさんもお連れさんみたいに若くておしとやかな時もあったんだがね。どこへいっちまったやら。今はただのうるさいばばあだね」 と盆にお茶をのせながら快活に笑った。
「きっといい夫婦なんだろうな」と譲吉のほうが羨ましく思えた。いつかはどんな小さな店でもいいから、定と二人で仲良くやっていけたらな、と淡い夢が頭をかすめる。そうなったらこの親父のように客に言うことだろう。「このばあさんも、昔は。。。」と。

親父は武骨そうな手でほうじ茶の入った湯呑茶碗をテープルにおくと邪魔しちゃわるいとでも思ったのか、もうもうと釜から湯気を放つ調理場へと引っ込んだ。

「おまえ何にする?たまには天ぷらそばでも食わないか?」
「いつものでいいよ」
「そうか。。。、じゃ、俺もいつものにするか」
「親父さん、たぬきとおぼろね」
調理場の中からそば屋の親父が待ってましたとばかりに
「ほーい、まいどあり!」 と声が返ってきた。

あまりしゃべらない定の手を両手で包み、そばを待った。

やがて二人の前に温かい湯気の立ったそばが二つそっと置かれた。

うつむいておぼろそばを黙ってすする定を譲吉は心底可愛いと思った。